のんべえ手帖

のんべえの日常を綴った日記

酒蔵を右脳と左脳で感じる

f:id:skyfrogs:20191103121437j:plain

蔵へ行くのは楽しい。ジャマしない範囲でこれからも伺いたい。

三連休というのに、どこにもでかけず缶詰状態。得意ワザの「先延ばし」を封じて、細々と作業している。まあ、そういう休日もたまにはいいか。

 

写真をまとめていて、ふと気づいたこと。

先日、黒龍さんに行ったときに、「みなさん、蔵に対してもっと『手造り〜』みたいなものを求めているんだと思うんです…」というような意味のことを聞かれた。

1年間にそこそこの石高を造るところはどこも、ある程度は自動化が進んでいるし、設備も新しい。「蔵」というものが持つイメージとは程遠い、工場というか、基地みたいなところで造っている。黒龍さんもすごい機器を取り入れていた比較的新しい蔵なので、例外ではない。カビの生えたようなふるい木とかはない。

 

初めて、蔵見学をしたのが、秋田の「白瀑」「山本」を造っている山本合名会社さん。火入れをするパストライザーは大きくて、「おお!なにやらすごい機械を導入している!」と思ったけど、やっぱり蔵、という雰囲気はすごくあった。

 

次に、「久保田」とかを造る新潟の朝日山酒造さん。ここはすごい。友人は、朝日山酒造さんを「サティアン」と呼んでいた。大きな機器がいくつもあって、いろんな過程が自動化されていたように思う。あまり鮮明には覚えてないけど。ただ、高級ラインは、違う造りをしていますよ、というような解説はあったと思う。でも、イメージとして、「工場感」が強く残ってしまった。

 

うちの実家でも明治時代くらいに日本酒造っていたそうで。今はないけど、むかしは家に小さい蔵があった。小さい頃は、その蔵で味噌を造っていて、大きなカメもあった。蔵に入るとひんやりジメジメして、なんか得体の知れないものが出てきそうで、すごく怖かったのを覚えている。蔵って言ったら、やっぱりそういうイメージだと思うんだ。

 

いろんな蔵があって、木戸泉さんや舞美人さんとか、昔ながらの「蔵」イメージをもったままのノスタルジックな蔵もある。けど、最新設備を取り入れた蔵だとしても、もっと細かいところを見ていくと、ここはスコップで米をだすんだ、とか、手で運ぶんだ…とか、作業の随所にアナログ要素も見られたりする。ようするに、ボタンひとつで酒ができるわけではない。

 

どういう機器を入れていくか、どこを自動化していくか、逆にどの部分は費用を抑えるか、蔵の人の働き方改革や作業負担を軽くするとか、そういうことを合理的に考えて設備を取り入れて酒造りをしているのを見ると、左脳が刺激されるようで楽しい。それぞれの蔵の酒質へのこだわりもでる。そういう蔵の楽しみ方もあるんだなぁ〜と最近思うようになった。

 

何が言いたいかというと、「蔵」イメージを持ちすぎると、大事なところが見えなくなってしまうなぁと、自戒もこめて思ったということだ。右脳を刺激するような昔ながらの蔵も絵になっていいけど。さまざまな管がいっぱいあるサイバーな蔵も萌え要素があるなぁと。

 

ちなみに、家では「笹の露」という名前の酒を出していたらしい。あんな小さなスペースでも造れたんだ! と驚くらいの狭さだった。今思えば、とびらで区切ってたスペースが麹室だったのかな。もっと醸造免許の自由化が進めばいいのに。そしたら、戸建てに引っ越してガレージで造るんだ。いや、マンションでもできるか。

 

酒量:日本酒2.5合